本日のテーマは「貯金信仰の成り立ち」というお話です。
皆さんは預貯金について、どのような印象をお持ちでしょうか…?「貯金は投資と違って元本割れがないから良いな」・「逆に投資はギャンブルのような印象があって怖い」など…。このような考えを持っている人が、非常に多いのではないでしょうか…?
そこで本章では、なぜ皆さんがそのように感じるのか…?皆が決まって、同じ決まり文句を述べるのか…?その真意に迫るため「貯金信仰の成り立ち」を垣間見ていきましょう。きっと今までの常識の目線からは信じられない、パラダイムシフトされた世界を体験できると思いますよ。
第2次世界対戦の財源確保
貯金信仰の成り立ちは、なんと1930年代頃へと遡ります。
①国民からお金を借りる仕組み
日本政府は1939年から始まった第2次世界対戦を行う上で、財源確保のために貯金信仰を国民に説いたのです。戦争と言っても、一文無しで出来るわけではありませんよね。やはり何をするにもお金が必要です。だからこそ貯金という形状で、国民から国がお金を借りていたという訳ですね。
②国債の仕組み
「えっ?銀行にお金を預けただけなのだけど…?」と、懐疑心を抱いた人もいるかもしれません。ですがお金を預けたという言葉は、別の言葉に翻訳しなおせば、お金を銀行に貸していることと同義です。まさに言葉の綾ですね。
そして国は国債を発行して、それを銀行が買い取っている。言葉を変えれば、国債とは国が銀行にお金を借りたよという証明書でもある。そうなれば私達は貯金という形状で、銀行を通して間接的に国へお金を貸しているのですね。
財源確保手段の変動
そして第2次世界対戦とそれ以前の戦争では、財源確保の手段が違いました。
①酒税・外債
それ以前の戦争となる、日清戦争や日露戦争では別の収入源を確保できていた日本国…。
その収入源とは「酒税」と「外債」です。
酒税は、明治政府の最も大きな収入源だったと言います。それに合わせて日本国の国債を、外国が外債(日本国債)として購入してくれた。つまり他国から、お金が貸してもらえたということです。
②日英同盟
日本国際を外債として購入してくれた国としては、イギリスが有名ですね。
日本とイギリスは日英同盟を結んでおり、またイギリスもロシアを脅威とみなしていた。そこへ来て日露戦争が起こったので、イギリスは応援金という援助も含めて、外債(日本国債)を購入してくれたのです。そして上記の酒税と合わさって、日本は戦争への軍事金を調達することが可能だったということです。
③郵便貯金の奨励
しかし第2次世界対戦は世界戦争なので、世界金融の大きな国(アメリカ・イギリス)とも戦っていました。とどのつまり外債ベースで、戦費調達ができなかったということです。そうなれば太平洋戦争の軍事金は、国内でお金を集めるしかないですよね。ですがどうやって国内から集めればいいのか…?
そこで日本政府が編み出した方法こそ「郵便貯金の奨励」です。
国のプロパガンダとして、1930年頃から「郵便貯金はいいことだよ」という2次情報(思想)を流す。そしてそれを反復して聞かされれば、人間は絶対的に正しいことのような錯覚に陥る。さらには錯覚から貯金信仰になった人々の声を聞けば、大多数が言っているのなら間違いないなと人は思考停止で信じてしまう。
このようにして日本人の心に「貯金は良いことだ」という価値観の芽が生まれ、現代まで成長し続けてきたのです。そして戦争中とは違う環境であるにも関わらず、役割を失ったその思想を私達は未だに信奉しているのですね。
最後に
本日は「貯金信仰の成り立ち」というお話、いかがでしたか?
貯金信仰に陥ると、自分の好きなことを体験するという視点が欠如します。これは宗教で神・仏のために、自分のやりたいことを抑えることとそっくりではありませんか…?
もちろん描く主観に正解はありませんから、あなたがそのままの主観に滞在するのも間違いではありません。ただ1つだけ留意点として、ある思想だけを鵜呑みにすることと、複数の思想を比較して自分の頭で考えて思想を作ること。この2つには、天地ほどの差があるでしょう。
是非とも、自分の生き方について考えてください。あなたが主観について考えるきっかけの一助に、この記事がなったのなら嬉しく感じます。
本日はご精読ありがとうございました。
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